ユートピア
圧倒的な美。
苔寺は美しい。そこには私たちの世界とは違った次元が存在しているように思う。
たしかに非日常の空間を創りだすことはできる。しかし、違う時間軸を持つことのできる空間はほんの一握りである。
龍安寺石庭園にもそれは感じることができた。
龍安寺石庭園には圧倒的な時間の堆積を感じることができる。それは枯山水の宇宙を表現したいわれる石庭からではなく、その世界を取り囲む土壁や縁側の色合い、質感、朽ちることで生まれる美しさ。そしてなにより、その縁側にこそ僕は遠い時間の堆積を感じることができる。
苔寺にも似た空気を感じることができる。
しかし、少し種類が違うなと感じるのは
第一に、
うるおわしい生命の根源的な永続性か死という永遠性かの違い
これは前者が苔寺であり、後者が龍安寺である。
第二に、
時間を積み重ねによるノスタルジーか時間軸の違いによるファンタジーかの違い
こちらは前者が龍安寺で後者が苔寺である。
補足説明が少々足りないような気もするがそれはもう少し考えてみようと思う。
しかし
ユートピアはたしかにここに存在していると感じることができた。
苔寺は美しい。そこには私たちの世界とは違った次元が存在しているように思う。
たしかに非日常の空間を創りだすことはできる。しかし、違う時間軸を持つことのできる空間はほんの一握りである。
龍安寺石庭園にもそれは感じることができた。
龍安寺石庭園には圧倒的な時間の堆積を感じることができる。それは枯山水の宇宙を表現したいわれる石庭からではなく、その世界を取り囲む土壁や縁側の色合い、質感、朽ちることで生まれる美しさ。そしてなにより、その縁側にこそ僕は遠い時間の堆積を感じることができる。
苔寺にも似た空気を感じることができる。
しかし、少し種類が違うなと感じるのは
第一に、
うるおわしい生命の根源的な永続性か死という永遠性かの違い
これは前者が苔寺であり、後者が龍安寺である。
第二に、
時間を積み重ねによるノスタルジーか時間軸の違いによるファンタジーかの違い
こちらは前者が龍安寺で後者が苔寺である。
補足説明が少々足りないような気もするがそれはもう少し考えてみようと思う。
しかし
ユートピアはたしかにここに存在していると感じることができた。
by haruya95
| 2007-07-15 01:37
| 建築