95's Diary

95の徒然なる日記です。
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日韓戦
だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。

日本×韓国戦負けましたね。PK戦までもつれもみましたが、勝てたはず!

悔しいー!

実際には韓国の選手が退場した後、数的有利となりボールはまわるようにはなったんですが、走れていない+パスの精度が低い。ゴールへと繋がらない。
セルジオ越後さんもしきりに叫ばれていましたが、むしろ韓国の選手の方が走れていましたね。少ないタッチで素早くゴールへと繋げるサッカーからは韓国選手の意気込みみたいなものが感じられました。「絶対に負けられない戦い」だという気持ちは韓国のほうが強かった印象を受けました。

インタヴューで中村選手の歯痒さ、やり切れなさを感じている場面が印象的でした。

しかし、中村選手も悔しそうにして言っていましたが、日本サッカーは確かに前に進んでいるとは思います。

特に注目すべきは過去3人の歴代監督の方針がまったく違うということです。

トルシエ監督が目指したコンパクトでスピーディなパスサッカー。
ジーコ監督が目指した。個性的で魅せるサッカー。
オシム監督の進める考えて走るサッカー。

過去数度にわたる方針の変化に、まだなじみ切れていないのかもしれません。
しかし、トルシエ、ジーコ、オシムの方針、技術とハートと身体(つまりは「心・技・体」ですね)はそろそろ実を結ぶ時期にさしかかってよいのではないでしょうか?

まったくの個人的には日本はやはりコンパクトでスピーディなパスサッカーが向いていると思いますが。日本のパス回しの精度は十分に世界トップレベルだと思います。

皆さんはどのようにご覧になったでしょうか?
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by haruya95 | 2007-07-29 00:57 | 徒然…
大掃除×焼き肉
今日はゼミの打ち上げです。
といっても大掃除という大イベントがそれまでにあったわけですが。

しかし、本来はフジテックのエレベーター塔に上れる予定だったのですが、あいにく先方の都合で中止になってしまいました。いろいろとニュースで報じられているようですが、まぁしかたないですね。
楽しみにしていただけに、残念。

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by haruya95 | 2007-07-28 00:04 | 徒然…
フィラデルフィアにて
フィラデルフィアに行ってきました。

といっても現地ではなく、京都市美術館で行われている「フィラデルフィア美術館展」ですが。
モネ、ゴッホにルノワールが来ると聞いてこれは行かなくちゃっと。

個人的な好みとしてはゴッホ、ルノワール、モネが好きです。ものすごく印象派な感じですが。

しかし、すばらしい絵画というのは見るものに何らかの影響を与える力を持っていますね。
僕がゴッホを好きなのはそうした力強さや生命力があふれんばかりに感じられるからです。
ただ、今日の展覧会を見ていて思ったのは過去の作品ほどなんらかの外部へのエネルギーを持ち得ている作品が多い。いいかえれば、社会に対しての批評または思想が含まれているということです。
今回の展覧会に即していうとキュビズムまではそうした強力なイデオロギーみたいなものを感じることのできる作品が多かったのですが、それ以降の作品についてはちょっと打率がさがったような気がしました。もちろん絵画的にはとてもすばらしい作品ばかりでしたが。

ところで、茂木健一郎さんがブログの講義録の中で「隠蔽の美」について語っておられました。茂木さんによるとダ・ヴィンチのモナリザや若冲の花鳥人物図屏風など、すぐれた美術作品というのはどうも何かを隠しているようなミステリアスな魅力がある、どうも「隠蔽」という要素が深く関わってきているのではないかと。

たしかにそう思います。もし隠蔽されているとするならこの場合は社会への批評や思想なのでしょう。
ただそれが「美」に繋がるかというのはジャンプしすぎている感がありますが。

あと、会場のサインやロゴなんかがとてもポップでした。展示内容からは浮いているようにも感じられましたが…。
とりあえず、こういった時間を過ごすととても元気になります。
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by haruya95 | 2007-07-27 00:35 | アート
もったいない。
「もったいない」というコトバは幼い頃よく祖母なんかに聞かされていましたが、最近キャッチコピーのように使われていることにすごく疑問を感じていました。
今ではまた少し聞かなくなってきましたが。

たしかに立派なコトバであり、これまでの日本の生活を象徴してきたと思います。
個人的にはとても好きなコトバですが、すでにほとんどの力を失ったコトバであるとも考えています。
物資不足の戦中、戦後とは違い日本は大量生産、大量消費、大量廃棄という極めて新陳代謝の高い社会を築き上げました。

「もったいない」というコトバは本来、少ない資源でやりくりするための必然からきたものでしたが、今使われている「もったいない」というコトバの意味は環境問題の歯止めとして可能性で語られています。
しかしそれではどうも今の日本人の生活に合わないと思います。というのは、すでに日本の文化、生活が大量消費社会を受け入れ、離れ難いものとしてしまったためです。

祖母からは「もったいないことをするともったいないお化けが出るぞ」と聞かされていましたが、これではお化けも人手不足なのは明らかです。寝る間もないでしょう。

戦後日本人は豊かさを大量生産し、ゴミとともに文化も大量廃棄してきたのでしょうか。

もしかしたらもったいないお化けももうバカらしくなって社会に身を委ねているのかもしれません。

といいつつも、どうすれば…と頭を悩ませています。
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by haruya95 | 2007-07-25 01:13 | 徒然…
HPの作成
滋賀県立大学 環境科学部 環境計画学科 環境・建築デザイン専攻のHPをリニューアルデザインしました。少しフライングなところはありますが、今日からオープンです。

多少コンテンツ増やしたり、レイアウトし直したりですが、印象はがらっとかわったと思います。

あえてテーマを挙げるとしたら「目にやさしい」と「更新しやすく」です。

いかがでしょうか?ご覧の方は是非感想とか聞かせてください。

http://www.ses.usp.ac.jp/lab/kenchiku/
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by haruya95 | 2007-07-18 01:23 | デザイン
ラファエロ・モネオ×槇文彦
少し前アイカ工業のデザインセミナーにいってきた。毎年恒例で行われているやつだが、去年のジャン・ヌーベルは抽選にもれ断念。ひそかに楽しみにしていた。

しかし気になるのがこうした公演の場合、多くが苦労話で終わることだ。
ここのディテールに苦労しました、とかクライアントとの合意形成に骨を折りました、とかそんなことは別にどうだっていいと思う。特に某超有名建築家Aさんの講演会には何度かいったことがあるがすべて苦労話で終わった。
本当に聞きたいのは、その建築家が現在どんなことを考え、どのように世界をとらえているか、建築に対しどういった理論をもっているのか。そういったことが多くの人が聞きたいと思っていることだろう。

しかし、「そんなことしたらネタバレやん」とか「模倣される」とかいった意見がでてきそうだ。しかし、いったいそれのどこが悪いのだろうか?
ネタバレとは布教活動のようなモノだし、模倣とは共感の一種だ。
情報はまわらなければ意味がない。情報がまわらなければ未来は創れない。

話しがそれた。

当の講演会はというと、モネオ氏のプレゼンテーションはとてもすばらしいものであった。同時通訳のコトバを通しても氏がなにを伝えようとしているかとてもよくわかった。

氏によれば、もちろん僕の解釈ではあるが、建築とは歴史上の瞬間の反映であり、我々建築家は建築を通して過去への理解が現在に共有されたものを読み取らなければならない。例えば宗教的必然をカタチにしたのがゴシックであり、資本主義社会の要望を受け入れたのがマンハッタンである(これはコールハースの引用かな)。
しかし現代においては、現在が今後の未来の決定期だと信じられているのに、建築と社会的な状況が反映されていない。
では現在の社会的反映とはどのようなものか。氏は「コミュニケーション」「生物学として本能的状況」「複雑性・多様性」などといったキーワードを挙げていた。
そうしたギャップはますます深まり、今後の未来に続くものが生まれてこない。


たしかに現代を反映しえている建築はまだうまれてきていないように思う。近代から現代において何が変化したか?それはいうまでもなく「情報」である。

情報は私たちの関係性を大きく変化させた。しかも劇的にである。そうした状況が建築に追いついていないのかもしれないが、建築の分野におけるコンピューターの利用はまだまだ限られた分野になっている。日本ではそれが顕著だ。

私たちの身体は情報やテクノロジーによってコミュニケーションや行動に大きな変化を受けた。しかし、建築はそれらの変化に鈍感なままである。
この場合の前に進む方法はは2つ。
テクノロジーを受け入れ、時代に敏感に神経をすり減らし、つねに新たなものへと変化させていくか。
その変化に限りなく鈍感を保つことで身体性、文化性を維持するか。

前者は伊藤豊雄のような先鋭的建築家、モネオ氏は後者に属すると思う。

最近思うのはこれら二つの要因は決して不可分ではなく、融合することが可能ではないか?ということ。陳腐なコトバになるが「歴史・文化とテクノロジーの融合」である。

これは修論にならんだろうか?うーむとても難解…。

槇文彦氏のプレゼンはいわいる苦労話だったので省略させてもらう。そういえば今回の公演のテーマは「デザインプロセス」だったと思うが、対談の最後は「東京カオス論」になっていたなぁ。
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by haruya95 | 2007-07-15 23:24 | 建築
ユートピア
圧倒的な美。

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苔寺は美しい。そこには私たちの世界とは違った次元が存在しているように思う。
たしかに非日常の空間を創りだすことはできる。しかし、違う時間軸を持つことのできる空間はほんの一握りである。
龍安寺石庭園にもそれは感じることができた。

龍安寺石庭園には圧倒的な時間の堆積を感じることができる。それは枯山水の宇宙を表現したいわれる石庭からではなく、その世界を取り囲む土壁や縁側の色合い、質感、朽ちることで生まれる美しさ。そしてなにより、その縁側にこそ僕は遠い時間の堆積を感じることができる。

苔寺にも似た空気を感じることができる。

しかし、少し種類が違うなと感じるのは

第一に、
うるおわしい生命の根源的な永続性か死という永遠性かの違い
これは前者が苔寺であり、後者が龍安寺である。

第二に、
時間を積み重ねによるノスタルジーか時間軸の違いによるファンタジーかの違い
こちらは前者が龍安寺で後者が苔寺である。

補足説明が少々足りないような気もするがそれはもう少し考えてみようと思う。
しかし
ユートピアはたしかにここに存在していると感じることができた。
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by haruya95 | 2007-07-15 01:37 | 建築
ハナメガネサークル
滋賀というロケーションは建築を学ぶ上で決してハンディキャップにはならないと思う。
東京だけが学術の中心的都市ではない。たしかに最先端の刺激、技術、コミュニケーションはあるだろう。しかし情報の流通が一般的になった今、あながちそうともいいきれないのではないか?もし本気で行こうと思えば、3時間で行けないこともない。
歴史的要素を学ぶ上ではやはり関西が向いていると思う。
京都はもちろん、滋賀、奈良、大阪にも歴史的に重要、見事な建築は山のようにある。

そうした考えから月に一度、友人と名建築を巡ることにしている。

今回は「平等院」と「西芳寺」に出かけた。

移動中激しい雨が降っていたが、「平等院」につくころには止んでなんともおあつらえむきな天気になっていた。

平等院のランドスケープは住職でランドスケープアーキテクトの宮城俊作さんが手がけている。なによりシークエンスが見事だ一本の動線上に、実に様々なシーンが展開していく。住職ならではの魅力的なアングルをいくつもばらまかれている。

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さて平等院はというと想像していたよりもずっと迫力があった。
水盤の上に浮かぶ左右対称の回廊と本堂。シャープで鮮やかな印象をもっていたのだが、実際は技巧的で力強く、しかし年月の洗礼を受けてきた風化の力を感じた。今ひとつ受けた印象としては、西洋的なイメージにとても近いということ。社寺建築というより、ロマネスクのような様式的で西洋宗教的な雰囲気を醸し出している。もちろんほんもののそれとは違い、水平方向への意識の展開が行われるのだが、眼前に現れる様子はやはり壮大だ。

西芳寺については次にします。

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by haruya95 | 2007-07-13 10:03 | 建築
かゆいところに手がとどく。
Googleの「Docs & Spreadsheets」という機能を使い始めました。

これはWeb上で他人とドキュメントが共有できるほか、一度データをアップロードしてしまえばWeb上でも編集可能です。
仕事が違うそれぞれの方とデータの共有をしたくて探していたところ見つけました。メールなどでもやりとりは可能ですが、いかんせん勝手がよくない。これなら誰がアップして、どれだけの情報が共有できているのか一目瞭然です。
ただアップロードできるファイル形式が限られていたり、Safariに対応していなかったりで、もう少し改善は必要だと思います。しかしそうしたことを踏まえてもやはりGoogleのやることはおもしろい!
Web2.0の恩恵がいよいよ一般的になってくると思います。というより使用せざるをえない状況になってくるっでしょう。情報ツールは増々進化していきますが、我々ユーザーのスピード感覚は増々早くなり、まるで携帯電話のようにごっそりと状況を変えていきます。

早いことが当たり前となり、より早いことを求める。
技術の進化はより速度を求め、より加速度的に進化していくのでしょう。

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by haruya95 | 2007-07-06 01:31


by haruya95
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久郷 晴哉(クゴウハルヤ)
haruya kugo

1984年生まれ。

2007年
滋賀県立大学 環境科学部
環境・建築デザイン専攻
卒業
2009年
同大学大学院 環境科学研究科
卒業

現在はデザイン関係の仕事に
ついてます。

TOKYO POLAROIDS
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